エレファンティ誕生秘話
ゾウの連続柄「エレファンティ」。
今ではフィンレイソンにおけるアイコニックなデザインとなり、日本でも多くの方々に知られるようになりましたが、誕生のきっかけは、ヘルシンキ芸術学校の学生の必修課題。作者のライナ・コスケラさんは、ファッション学科の学生でした。

フィンレイソンは、産学連携プロジェクトとして、ヘルシンキ芸術学校とデザインコンペを開催し、コンペへの参加は全学科が対象でした。特にテーマなどは決まっておらず、自由にデザインをすることができたそうです。ライナさんは、何をモチーフにしようかと悩みましたが、家族のポートレート写真に写っていた、兄が抱いていたゾウのぬいぐるみが、発想の原点となりました。
ライナさんは、1945年生まれ、第二次世界大戦が終わったばかりで、フィンランド国内では物資が不足していました。このゾウのぬいぐるみも、ウールのコート地で作られたようなものでした。本物のゾウのような地味なグレーのぬいぐるみを見て、カラフルなパターンを思いついたライナさん。さすが、ファッション学科の学生です。何度もスケッチをし、いろんな色の可能性を考え、最終的にオレンジ、黄色、青、茶色の4色に絞り込み、コンペに提出しました。
残念ながら、ライナさんの作品は受賞できませんでした。でも、フィンレイソンがその柄を気に入り、デザインを買い取りたいという申し出がありました。ライナさんはとても喜び、そして誇りに思い、もちろんそのオファーを受けました。1969年のことです。
ライナさんは、すぐにその商品が出るのかと思って、今か今かとフィンレイソンのコレクションを心待ちにしていましたが、エレファンティの商品が発売される様子はなく、半ばあきらめていました。そんなある日、スウェーデンに住んでいる友人から連絡があり、ストックホルムのデパートでエレファンティが売られている、とのことでした。ライナさんは、すぐにストックホルムに飛んでいき、エレファンティの生地を購入しました。商品化されたのは、赤、グレー、茶色の3色でした。エレファンティの製品は、スウェーデンのファッション誌「Femina」や「Damernas Varld」でも取り上げられました。

フィンランドでいつ発売されたのか、詳細な記録はわかっていませんが、2012年にフィンランドで復刻され、それ以降、エレファンティはフィンレイソンのクラッシックデザインとして、すっかり定番になったのです。